1月も はや最終週末。寒いながら日が僅かずつのびてきた。心躍る。
花屋にも黄水仙、紅梅、白梅がやわらかな清楚な匂いを放ち思わず立ち止まってしまう。まだ早いだろうにチューリップまで。父が特に好きだった。求めて帰り、飾った。
妹が父のお墓詣りにいってくれて、ピンクの花を飾ってくれたそうだ。父も喜んでいるだろう。マッチョマンに見えた父は渋い色が好きなのだと勝手に思い込んでいたが、本当はピンク色が好きだったらしい。亡くなった後に知った。
1月も はや最終週末。寒いながら日が僅かずつのびてきた。心躍る。
花屋にも黄水仙、紅梅、白梅がやわらかな清楚な匂いを放ち思わず立ち止まってしまう。まだ早いだろうにチューリップまで。父が特に好きだった。求めて帰り、飾った。
妹が父のお墓詣りにいってくれて、ピンクの花を飾ってくれたそうだ。父も喜んでいるだろう。マッチョマンに見えた父は渋い色が好きなのだと勝手に思い込んでいたが、本当はピンク色が好きだったらしい。亡くなった後に知った。
1月20日から2月3日、立春の前まで。一番寒い時期と言われている。
昔の知恵の通り寒さ厳しく、一日のコロナ新規感染者数も初の5万人台を超え、まん延防止措置も急に発令された。それに伴い、会社の面談、外出、会食等の外部接触との方針もまた代わり、21日は面談や会食の延期やWEB化の再調整に時間をとられた。
金曜のプライヴェートの飲み会は危険予知して、少し前に対面からWEBに変え、それに伴い参加者も東京だけではなくその他の地域の人達にも声をかけていたので、当日慌てることもなく実行できた。離れているから普段顔をあわせることもない人達と、マスクなしの生き生きとした表情を見ながら話し、笑い、飲むのは楽しい。
コロナの流行で、面談や講演会、そして以前であれば考えられなかっただろう会食までWEBでできるようになった便利さは、もう後戻りすることはできない。勿論一番いいのはリアルに会うことだが、選択肢が増えること、遠くの人や普段いろいろ制約があって会食にあまり出ない人達にも気軽に参加してもらえることのメリットも有難いことだ。
先週は仕事始めと同時に商談、初雪の中での客先挨拶といきなり盛り沢山。
年末年始は有難いことに、対照的に、静かに過ごすことができた。掃除、整理。本棚や写真は、整理しようとすると中身を確認のため開けると、結局読んでしまったりしてなかなか片付かない。だが、こうゆったりと時間を過ごせること自体とても贅沢なことだ。
昨年、楽しみの為に読んだ本の中でベスト3を聞かれたら、どう答えるだろう。あれか、これか。数年前までであれば迷う対象がミステリー小説で8割だったろう。一昨年頃からは藤沢周平にはまっている。
1位:蝉しぐれ 藤沢周平
江戸時代の架空の藩で少年藩士が成長していく様を描いた長編。文章が簡明でいて余韻を残して想像力をかきたてる文筆力は日本人に生まれて良かったと思わせてくれる。ストーリーの底に人をあたたかく見つめる作者のまなざしが感じられ、気持ちが安らぐ。善きこと、悪しきこと、いろいろ起こるがまた明日は起きて働こうと思える、私にとってのビタミン本。
2位:天使と嘘、WHEN SHE WAS GOOD マイケル・ロボサム
このミステリーは久々に面白かった。1巻目が「天使と嘘」で、まだ2巻目が日本で出版されていなかったので"WHEN SHE WAS GOOD"を取り寄せて読んだほど。以前はよく待てないので原書で読むということはあったが、最近そこまでしようと思う対象がなかった。ストーリーは臨床心理士のサイラスと、子供の頃に異常殺人の現場で発見され、今は「嘘をみぬこことができる能力」を備えた少女イーヴィの出会いから始まる。二人の男女の心理が交互に映し出されて、ある事件の真相を解明していくという構成が、単なる謎解き以上の面白さとなっている。作者はジャーナリストやゴーストライターもしていたということから、筆力や調査力はお墨付き。写真はGoodread HPより拝借。
3位:くちずさみたくなる名詩 下重暁子
アナウンサーで文筆家でもある筆者が選んだ、タイトルどおり「くちずさみたくなる」名詩。巻末に「くちずさみ索引」があるのも秀逸。あれ、なんだっけ、と思ってひくと忘れていた題名や筆者がでてきて、そうそう、中学の授業で習った、大学の図書館で出会った、と情景が蘇る。詩や短歌、俳句、などリズムがある詩は、言葉の意味、音と共に、韻や語感を発して聞く愉しみがまた別にある。自分の気持ちや思いを、詩に託して読み上げるのは、ピアノを弾いたり、歌を歌うことと同じ。「くちずさみたくなる」ものなのだ。
昨日、今日は大掃除。もっと前からやっていれば良いものを。
暮れも押し詰まって全部やるから大仕事。分かっているけどやめられない。これが泥縄の習性なり。
自分はそれで良いが、母は気がせくのか体調があまり良くない。休んでもらいたいとYOUTUBEでクラシックのBGMをかけて少し休んで下さいと頼む。少し聞くと、このショパンは間延びしているとか、もっと歌って欲しいのに自動ピアノみたいと言う。それは3時間、4時間かけ放しの作業用BGMだからしょうがない。と言っても母は納得せず。
誰のが聴きたい?と聞くと間髪をおかず「ツィメルマン」。彼のショパン ノクターン、バラード、スケルッツォそしてシューマンの即興曲のYOUTUBEを流した途端、それまで立って働こうとしていたのに、椅子に座って聞き入って。その間、玄関と台所の掃除をしようと思っていた私も結局聞き惚れてしまった。
歌うようなアーティキュレーション、惹き込まれずにはいられない音色。天性としか思えないリズム。
一年の最後に思いもかけず、ゆっくりとした時間となった。
大つごもり 曇りがちなる 夕べかな 村山故郷
皆様にとっても良い年の瀬、年始となりますよう。
ACCとはアスリートキャリアコーディネーターのこと。
キャリアカウンシルからの養成講座の情報を得て応募してみた。
動機としては、キャリアコンサルタントの資格をとったが、副業許可のない会社に勤めているのでまだ実稼働していないので、せめて勉強だけでも進めようという軽い思いつきからだった。
会社には競技採用の人も多くいるし、同期でもその経歴を誇りとしながらも悩みもあるということを聞いていたので、遠い世界の話ではない。実際にケーススタディを予習して臨み、受講生達と議論してみるうちに、これはアスリートだけの問題ではなく、たとえばピアニストや音楽家の世界も近い課題を抱えているのではと思うようになった。
アスリートキャリアの課題はいろいろ、種目によっても、立場によっても異なるだろうが、概括すれば若い頃から、たとえば野球なら野球、この世界で良い選手になりたい、長じればプロになりたいと、アスリート一直線にその夢を一途に追っていることが多い。プロになろうとする位の実力ともなれば、それ以外よそ見をしている間も余裕もない。換言すれば別の将来設計の選択肢を思い描くこともなく邁進してきている。だが、選手生命は短く、一般の人が学校を終えて会社に就職して若手として修業を積んでいる頃に実力を発揮していたり、或いはそろそろ第二の人生を考えなければならなくなる。そう、第二の人生が20代や30代できてしまうのだ。
欧米などでは、大学で第二の人生に向けてのキャリア教育を充実させている団体も多いらしい。コーチや関係者として競技界に身を置くにせよ、一般企業に就職、或いは起業するにせよ、広い目で選択肢をみて、そして次のキャリアを考える意識と時間が必要だ。
自分にとっては、かつてピアニストになりたいと思いながら将来のキャリアとして不安に思い二度(小学生と大学生)断念したことを思い出す。ピアニストを目指した人のキャリアがピアニストや音楽の教師だけでなく、他の音楽関係の仕事が多岐に広がっていたり、ピアニストも専業だけではなく、もっといえば音楽大学だけでなく、「生活していける」キャリアが開けていると、もっと音楽に携われる人が増えるのではないか。そしてそういう教育や考える機会が若い時からあったら。
アスリートをサポートする機運や組織が多く生まれてきている中、同じような課題を抱える業界はほかにもあるだろう、ACCでの取り組みは業界を限らず対象を広げられる取り組みなのではないか。そんなことを考えさせられた研修の機会だった。
仕事納めの昨日。会社の忘年会はすっぽかし、友人との例年の忘年会へ。
毎月フランス音楽講座でお会いしているものの、お互い忙しく、なかなかゆっくり話をする機会がないので、結局、スポコン漫画のような汗と涙の連弾練習の後か、忘年会ぐらい。
住居も同じ区なので中間地点にある美味しいイタリアンへ行くのもここ暫くの習わし。スパークリングワインで乾杯し、新鮮な真鯛のカルパッチョ。昨今では珍しくしっかりした酸味と甘さが際立つトマトとがモッツアレラチーズと綯交ぜとなるカプレーゼ。彼女のチョイスの濃厚な雲丹のクリームパスタには熟れた果実のようなブルガリアの赤ワイン。
美食に、多種多様な話題とくれば、あっという間に時間は過ぎる。彼女の博士課程の研究の話から、来年弾きたいソロ曲、一緒に弾く連弾曲、家族の話かと思えば、私の仕事、彼女が参加しているプロジェクトや、完成間近の翻訳の話などなど。汲めども尽きぬ話の種。