2026年3月29日日曜日

3月の終わりに

年度末は離集、変化の時だ。

云十年前、入社した時、院・学卒1000人の入社者のうち、女性総合職は7名だった。そのうち、数人が海外に転職し、身体を壊して離職した人、残ったのは3人だけ。ここまで頑張ったのにそのうち1人は病魔に倒れ、1人は3月末で退職。残ったのは自分だけだ。率直に言えば寂しい。皆 going my wayで道が分かれていったということだ。

私の道は何か。あがきつつ、探し続けて、でも日々公私共に歩いていくということであろう。



2026年3月28日土曜日

春雷

雨のあがった春の暁。久しぶりの早朝散歩。

4月前に少しでも体力を得ようと月半分の早朝散歩を自己目標に掲げたが、実践は1日。あまりにもいろいろありすぎた。大きな組織編制、頼みにしていた部下の異動の影響が思ったより重かったこと、体調を崩し快復し難しの時期だった。


 春雷。望まなくても春には雷も嵐もくる。自然の理。人間世界は更に人手が加わりいびつになるが、日本は年度末、変化を迎えようという時で風圧も、人圧も、政治圧もふりかかる。写真の花のように、露の重さに耐え、露の恵みを受け、風の強さを靭性でしのぎ、風のそよぎに種の存続を任せるような、「共存」を目指したいもの。ただ、「厳しさ」の部分ちゃんと耐えられるか、今の自分が不安だが。

2026年3月22日日曜日

どらいぶ

10年ぶりの運転。再練習だ。

母を外に連れだせるように運転をまたできるようになりたいと思った。だが、10年以上の空白は、予想以上に心理的壁があって、1年くらい行動に移せなかった。

4月から時間がなくなるからと、とうとうペーパードライバー向けの派遣講師にお願いして、2月は朝5:30から7:30、会社に行く前に週1で。3月は週末に遠乗りの練習を。昨日で終了。

やって良かった。できることが増えたのが単純に嬉しいし、運転の楽しさも思い出した。何よりよかったのは、教習所以降、ペーパードライバー時々勝手運転、だったのがプロに安全運転をたたきこまれたこと。優れた先生に巡り合えたのが、今回レッスンを完遂できた理由。

写真は雪柳。小米桜とも書く。仲春を表す花。花は小さいのに陽の光を弾いて生命力が眩しい。

この2-3か月は家族も私も体調悪く、親戚も尊敬する先輩も逝去し、不調続きだった。このままではいけないと丹田に力をこめ、やり直すつもり。