母退院後、はじめて仕事以外で人と会った。
短時間だったが、会社で尊敬してきた先輩とお会いできた。相変わらず、落ち着いたアルトで「それで」と促されると、若い時と同じ気分で自分の話ばかり聴いていただいてしまった。
母退院後、はじめて仕事以外で人と会った。
短時間だったが、会社で尊敬してきた先輩とお会いできた。相変わらず、落ち着いたアルトで「それで」と促されると、若い時と同じ気分で自分の話ばかり聴いていただいてしまった。
6月末に母が緊急搬送・手術してから3度めの手術を経た3か月は、連日連夜闘いだった。
病と、そして病院との闘いだった。小さな希望のかけらは必ず打ち砕かれ、明日はもっと悪くなる日々だった。
母の意志の強さと、妹と介護関係者の献身で家に帰ることができた。病院でも二人の医療関係者のプロとしての仕事には感謝している。
母のベッドは窓際に入れ替え、窓辺にはポーチュラカ、日日草を置いた。生命力の鮮やかさが、元気をくれるように。
先週は週末も休みなく疲れ果てたので、今週は今日一日安息日。
安息日だと思うとそれだけで気持ちが昂り、結局朝3時に起きてしまい。二時間ほど大学院の参考図書を読んだら、いつの間にか本を落としてまた眠りに落ちた。
今日はよく身体を使った。掃除、水拭き、ベランダ掃除に鉢植えの剪定(今頃?遅きに失した感が)、衣変えに布団カバー洗濯、水回り掃除。母と少しだけ散歩して、それだけで今日も暮れかけている。リラックスできたいい休日。
そういえば、サッカー ワールドカップ 日本二戦目、対チュニジア戦。2点先制を入れた前半戦をみて、大丈夫だと思い定めて、母と小散歩。想定どおり人通りもまばら。梅雨の合間、思いかけずゆっくりと歩くことができた。そして戻って急いで試合を観ようとしたら、既に勝っていた。インタビューに答える選手も、浮かれておらず、真面目に答えて、インタビュー終わりに思わずといった笑みや表情を緩める姿が印象的だった。このまま気を引き締めて第三戦に臨んでいただきたい。
父の日に。父が好きだった薄紅色の野薔薇がベランダで満開。母が摘み取って、飾ってお疲れ様でしたと声を掛けた。
30度を超える日のあとに20度の日へと。体調崩しが多いこの1-2週間。
会社でも休み人がいれば、家族もいろいろあって心配。今年上半期、もともとの持病に加え、咽頭炎、転倒、免疫力低下で舌下の痛み、脚のむくみ・膿化、食欲不振による歯茎の衰えと入れ歯も使えなくなってしまったこと等。脚の血行確保のためににお願いしていた医療リハビリも止めてしまった。
訪問看護の先生達も親身に状況確認してくださり、どうにか過ごしている。こういう方々への感謝はどう表したらいいのだろう。
妹夫妻が昨年云十年住み慣れたマンションをリフォーム。
結構大規模だったようだが、その甲斐あって、より住みやすく。半年経って我が家に再開。リ・ホーム?万歳!
今年の人件費・資材・エネルギー高騰を考えれば昨年決行して良かったと思う。母にも見に来て、と言われていたが体調悪く、結局このGWにタクシーでどうにか訪問できた。効率的に広くなり、機能的になり、終の棲家にふさわしくリ・ボーン。母も安心したようだ。
帰りしなに母に手渡されたアイスレモンのカーネーション。無事に訪問できて、本当に良かった。
年度末は離集、変化の時だ。
云十年前、入社した時、院・学卒1000人の入社者のうち、女性総合職は7名だった。そのうち、数人が海外に転職し、身体を壊して離職した人、残ったのは3人だけ。ここまで頑張ったのにそのうち1人は病魔に倒れ、1人は3月末で退職。残ったのは自分だけだ。率直に言えば寂しい。皆 going my wayで道が分かれていったということだ。
私の道は何か。あがきつつ、探し続けて、でも日々公私共に歩いていくということであろう。
4月と言えば新学期、新入社員、人事異動に組織改正。
今年は全部一緒に来そうだ。考えるだに恐ろしい。
だが、恐ろしいと思うと脳もそう記憶してしまうので、「これは変化」「チャレンジしてみよう」と敢えて変えて自己認識を変えようとしている。現実がどうなるかはわからないが。
分からない時は体調を整えるのが基本の基本。勉強や調査、準備は後まわし。先ずは歩こう。できれば早朝散歩を復活させよう。それがだめなら、せめてテレワークやプライベートの勉強の時は立ってPCに向き合う。風邪をひいたら軽くみずに残業を打ち切って寝て風邪を治そう。数時間の休養が数週間のダメージを予防すると期待して。
早朝散歩で出会った白梅。凛とした佇まい。自分も思わず背筋が伸びる思い。
母を護ってくれる方々。ガーディアンズ。
地域センターの方、ケアマネージャー、訪問看護の医師に看護師等。担当の方々はいろいろ変わったが、変わらぬ援助をいただき、ここまで在宅でどうにかこられている。
だが、歩けるようになるよういにと縋る思いでお願いしている足のリンパマッサージの方に今回お別れを告げた。1月もそうだが2月もきていただける状態になく、この後もお願いできると思えずに母が強く希望して辞退した。少しでも歩けるようにと努力いただいた方で、非常に落胆されていた。申し訳なくもそのお気持ち、有難かった。
これからは私ができる限りリンパマッサージをしていこうと思う。勿論プロとは全然違うだろう。だが、やらないよりはやった方が多分いい。その論理で、不器用ながら母のヘアカットもできるようになってきた。怖かったけれど爪の手入れも少しだけ。私も血縁というだけではなく、機能的にもガーディアンズに加われるよう、出来ることを増やしていきたい。母と私の冒険は続く。
月曜からアクティブ。
それは良いが、新年挨拶、新年会が続き、まだ一週間なのにグロッキー。母も咽頭炎にかかったのは私が移したのか・・・。
移動時、仕事場でもマスクをかけ、流石に客先挨拶と会食のみはずすというストイックな生活。出社、外出時はかならず嗽と手洗い。かなり厳しく律してやっているのだが・・・。一番怖いのは母、家族に移して健康を悪化させてしまうこと。仕事上、減らすことはできず、考えられる予防措置は全てやっている中で、どうしたら良いのか。仕事しない訳にもいかないし。
師走にフリルレタス4種をスーパーで買ってきていただいた。根元に緑が残っていたので母がベランダで水を遣っていると、なんとまた伸び始めた!生命力のなんと強いことか。私達もへこんでいてはいけない。植物に見習わなければ。
三連休の初日は、朝は散歩、昼は講座、夜は友人との語らい。
家族の病気、怪我で仕事も休みをとって大わらわの友人と電話で近況報告。電話苦手な私だが、なんと1時間も話し込んでしまった。それだけ彼女が大変な時であること、自分も話をしたかったのだなあと。
今日は父の墓参り。そして妹きたりて、我が家二台目のロボット掃除機の調整をしてもらいました。一台目は20年ほど前。発売されてすぐ。今回はだいぶ進んでいたけれど、廉価版だから、人間がロボットに合わせなければいけないこと多く、家族ともども振り回され放し。使う意味があるのか・・・。日々のDXと同様の問いを自問自答しつつ、廉価版とはいえ既に購入してしまったので、どうにか使いこなさなければ。90歳代の母とロボット。どこで折り合いをつけるのか・・・ ・・・。
父が眠る樹木。天気が悪かったのに、お香をあげた時、雲がきれて青天となった。
三連休、仕事、家事、勉強、少しずつ前に進められたのでほっとしている。
豪雨のあとの立葵。大きな水滴を受けとめてまっすぐ曇天に向かってのびている。暑さは相変わらずだが暦の上では秋。凛としたこの花を見るのもこれが名残か。
そう、9月になりました。
とはいえ酷暑は続き、加えて台風の季節にもなり。「想定外」という言葉こうも毎日天気予報で語られる状況、子供の頃には想像できなかったこと。
各所の豪雨は客にも会社の工場にも物的被害をもたらし、通常業務以外の対応が増え、やっと週末になり心からほっとしている。人的被害がでなくてよかったものの、一時のゲリラ豪雨の結果が、多くの復旧、手続き変更、臨時の工程増に結び付く様は、それだけで心をくじくものだ。
仕事から頭を切り替えないとおかしくなりそうなので、数か月ぶりに早朝散歩に行った。台風一過、多くの木々の枝、葉、石、折れた花々が公園に広がっている。
どんぐり、イチョウの葉の赤ちゃんも飛んできていた。
漸く、身体が通常に戻ってきた感覚。では、梅雨の合間の曇空の下、早朝散歩しよう。
まだ速足で歩く気がせず、ぶらぶらと。身体をならす感じで。
上半期に二度も数週間に渉る体調不良を起こすのは、身体が弱っているせいか、自分が身体が発するアラームを無視したせいか。子供の頃はセンシティブで、そんな状態から抜けだすために外に目を向け行動するようになったが、いつの間にか自分の身体との対話を敢えてしないようになっていたかもしれない。
なぞと歩きながら思考が自由にふらふらと漂うのが、早朝散歩の愉しみだ。
曇り空の下、少し寂し気な色の花はジャスミン?湿り気を帯びた朝の空気にそこはかとない香りが漂う。
金曜に職場の人の異動の報を聞き、いろいろ考えさせられた週末。
尊敬もしているし一緒に働くのが楽しい人だったので、内々示を教えてもらった時はショックだった。職場の同僚も「ロス」に仕事が手につかないと言っていた。これほどその人の異動のニュースが悲しみを与えられるという人も珍しいだろう。
私も初めショックで金曜はいつもより早めに仕事をきりあげた。そのあと何故この人事なのか考えた。それは違う組織で更に必要とされたのだろうが、何故?そしてその人のその後のキャリアも考えられたであろうこと。これだけ同僚が惜しんでいるだけに一時的に彼らのパフォーマンスも下がるリスクがあっただろうに、それを天秤にかけても押した理由があるのだろう。
それらを考えた時、私自身もまわりの人も、今のcomfortable zone(居心地の良い領域)を出て新たな人と仕事することで刺激を受けることもある、淀みのない組織をつくるためにも必要な措置だと思い至った。
会社員なので、或いは組織で働く人は必ず定期的にある集合と離散。肯定的に捉えた者勝ちの一つの機会である。
早朝散歩で出会った白紫陽花。雨あがりだが雨の粒が名残を残している。
花言葉は「寛容」。紫陽花はアントシアニンという色素をもっているため、アルカリ性が強い土壌ではピンク色に咲くが、白紫陽花にはこの色素がないため、白色のままだそうだ。
偏見をもたず、どんな土壌(組織、環境)にあっても色づかず組せず、どちらの意見もきき良い判断・行動ができるような人が、組織で働く上で求められる人材なのだろう。
年初に行ったきり、体調崩し、その後の三連続海外出張で早朝散歩もずっとお休みだった。
今日はだからほぼ4か月ぶりの復活。散歩ルートも春の盛りで一変。コロナに入ってから始めた習慣だが身体は勿論精神的にも心地良いので、やはりGWに浮き立つこの時期にリセットで再開しよう。
今年はソメイヨシノをみる間もなかったが、こうして実は愛でることができた。
美しやさくらんぼうも夜の雨も 波多野爽波
大晦日。
11月にプレ大掃除を妹が手伝ってくれたが、台所などの水回りなどやはり年末の本番掃除は避けては通れない。台所を磨けば、洗面所ももう一度やらざるを得ないでしょう。ベランダも水洗いは省略しても箒掛けはしておこう。窓拭きは今回はカット。でもカーテンは洗っておかないと・・・。やり始めると止まらない。それでもどうにか玄関までいきつく。部屋は少し明るくなった、かわりに自分自身はよれよれだ。
こんなにもやることが一杯で、やればやったでまたやることが出てくる。そんな年の瀬にただ安いからという理由で、ミニセロリの大きな束を買ってしまった(疲れすぎて正常な判断力が無くなっていたに違いない)。
いや、安いからという理由は決め手になっただけで、本当はその緑の強さに魅了されたのかもしれない(と後付けで恰好良い理由を自分に向かってつけてみる)。
とはいえ、美しい緑の生命力に惹きつけられても、実際に買って帰ると、やはりそのままにしている訳にはいきません。この鮮やかな色が落ちないうちに何とかしなければ。
お酢につける。筋をとって塩もみする。スティックサラダへ。糠漬けにもする。カレーに入れて煮込む。繊維と垂直に切っておかかと醤油和え。葉は豚肉と胡麻油でさっと炒め中華風。細い茎は次の煮込みの香づけに冷凍。最後に残った何本かはそのまま頬張ってカリカリと。口中に香草のフレッシュな苦みと香りが一杯に。
生命力を取り込もう!セロリのように強く元気になれますように。
久しぶりの朝散歩。
とりたてて予定がないという贅沢な三連休。やらなければいけないことは山とあるけれど、まだ時間があると思うだけで気分にも余裕が。そうだ、こんな日は早朝散歩だ。
お気に入りの散歩道は近くの公園。本当は運動の為には早歩きが良いのだろうが、ついついあっちへ行き、こっちの道に入り。
と、うろうろしている同好の士が。とことこ歩いたり首を伸ばして覗いたりしている・・・。