2021年11月28日日曜日

冬の夕べの音楽会

昨日は久しぶりに音楽会に行った。

デュオ・ポッキーズの友人が演奏するので楽しみに伺った。プログラムを拝見すると、ピアノだけではなく、ヴァイオリン、ヴィオラ、ホルンなど楽器も多彩で、曲目も普段聴けない曲もあって好奇心刺激されるもの。もともとは彼女が発起人で、会社の仲間を誘って始めたようで、今や仲間も増えて盛況のようだ。会社はもともと仕事をする場ではあるが、その中に敢えて別の横糸を通して縁が広がるというのはとても素晴らしいことだ。

冬の夕べの音楽会に、少し早くに家をでて、少し遠回りになるがお気に入りの銀杏の木がある道を通った。陽に輝くの黄金色の葉を堪能。


東の邦よりわが庭に移されし

この樹の葉こそは

秘めたる意味を味わわしめて

物識るひとを喜ばす


こは一つの生きたるもの

みずからのうちに分かれしか

二つのものの選び合いて

一つのものと見ゆるにや


西東詩集/ゲーテ/小牧健夫訳

2021年11月27日土曜日

調律

今年もまた調律してもらった。

毎年同じ方にお願いしている。もう20年近くか。昨年話していた時はコロナ禍で仕事があがったりだと言っていたが、今年は結構忙しいそうで日曜も対応しているとのこと。

コロナで変わったのは、今まで平日にやっていたお客さんが、家族がテレワークで家で仕事をしているので週末にやって欲しいという人が増えて週末が忙しくなったと。また、少子化でピアノ人口が減ってきたのを危惧していたが、昨年から今年にかけて結構ピアノを習い始めた人、再開した人からの仕事が入ってきたとか。

目いっぱい調律してもらって、お疲れでしょうからとケーキとお茶を出して少し話をした。一年に一度七夕のように会って、仕事をしてもらって、ピアノに関して少し話をしてまた一年経つまでさようなら。不思議なご縁だ。また来年もよろしくお願いします。


2021年11月23日火曜日

小早川秋聲 展覧会

東京駅のステーションギャラリーで開催されていたので見に行ってきた。

私は恥ずかしながら名前も知らなかった画家なのだが、母が「この人の赤い色は印象的なのよ」と勧めてくれた。

大正から昭和にかけて生きた人で、京都で日本画を学び、中国・欧州と旅して描き、北米に招聘されてまわり、従軍画家としても表現を続けた。

さっと一筆書きのような絵にも対象の特徴をつかん確かな技量にうならされるし、このポスターにつかわれた「愷陣」(写真はポスターから拝借)のように、何かを暗示するような「表現したい」情熱やオーラが強く惹きつけられる絵もあった。


この絵は、戦争から戻ってきた馬は埃まみれのままでいる、村人がそんな馬を花で飾って労うという漢詩に着想を得た絵と解説されていた。華やかな花々と、毛並みがずたずたになった足、不自然に身体を曲げてうなだれた体形、落涙のように見える白い花びら。馬を描きながら何を訴えたかったのだろうと心に残る一枚だ。


2021年11月13日土曜日

バッハ 平均律 2番

久しぶりのピアノレッスン。

ベートーヴェンで折角少しだけ指を鍛えたので、そのままドイツの古典を弾こうとこの曲を選んだ。中学生の頃弾いたきりで、それ以降練習していない。

その頃練習した楽譜でレッスンにもっていった。春秋社の井口基成先生の編集。だいぶ編集者の手が入っている楽譜だったらしい。先生には原典版を薦められ、原点の楽譜を見ると、かなりシンプル(編者が記入したスタカートやアクセントなどがない)。子供には弾き難かっただろうから井口先生版はその年齢にはあっていたのだろう。今は何も追記されていない原典版を見て、音の形(流れ)を見ながら、どう弾いて欲しいとバッハは思っていたのかなと想像するのが楽しい。そのうち、いろいろ解釈に迷って悩み出すのかもしれないが。

2021年11月7日日曜日

祥月

快晴の週末。

墓参りに行ってきた。

この曲も歌ってきた。行くたびに違う曲を歌う。

去年は讃美歌。今年は母が好きでよく歌っていたので、父も頷きながら聴いていた曲。

ビゼー作曲、海野洋司作詞。小さな木の実。

幸せな秋はあふれてる

風とよく晴れた空と

あったかいパパの思い出と

坊や強く生きるんだ

広いこの世界おまえのもの

今年また秋がくると

木の実はささやく パパの言葉。


写真は木の実ではなく、木の葉。海岸には今、色とりどりの落ち葉が寄せられている。