2020年4月29日水曜日

甍のうへ

あはれ花びらながれ
をみなごに花びらながれ
をみなごしめやかに語らひあゆみ
うららかのあしおと空にながれ
をりふしに瞳をあげて
翳りなきみ寺の春をすぎゆくなり

三好達治


高校時代の教科書に載っていた詩。
今でも花びらが風に舞う情景を見ると思い出す。

4月は三好達治の祥月。

2020年4月26日日曜日

枝垂れ桜

先週は一部の都府県から全国に拡大して緊急事態宣言がでた為、今迄通常勤務だった会社の各工場も急にテレワークに入り、様々な手続きや対応に時間がかかるようになった。工場の現場は休めないものの、品質管理や生産工程を見ている人達はテレワークの対象に。従来工場関係者はテレワークする業務設計をしてきていないことから、突然様々な運用ルールを決めなければいけない。固定的な取り決めの多い各種システムに関わる部分は柔軟な対応に限界もあって、一つ取り決めを決めても幾つもの「また」がでてくる。

といった不便さは多々あるが、勤務形態の多様性は本来選択肢としてあった方が良い。日本は遅れていたので、ここはこの機会を肯定的に捉えて、早く使いこなしたいもの。

プライヴェートで参加している月1回のフランス音楽講座、先週、動画で有志の講習があった。講座敢行予定であったが昨今の状況を踏まえ急遽動画方式に変更され、短工期で仕切られた先生の進取の気性に頭が下がる。常の講座と比べるとライブ感はやや薄れるものの、丁寧な解説、なにより先生が弾いてみられる時間がいつもより長めなのが嬉しい。。受講生、先生ともに、演奏される手もよく見えて、非常に恵まれた機会となった。これも、逆境を「工夫」で逆手にとった例。

デュオ・ポッキーズの友人は動画参加され、先生にしっかり指導を受け。私達にも公開してもらったので、ドビュッシーの「水の反映」を堪能させていただいた。


水面に波紋が広がり、それがだんだん収まっていく様が目に浮かぶような演奏。

円形や放物線を精密に描く噴水型の西洋の水と異なり、この枝垂れ桜のように、しなやかに、柔らかに、自ずと形が現れ消える。そんな演奏はドビュッシーに相応しい。

2020年4月18日土曜日

緊急事態宣言の週末 ユスルナールの靴

数都市ではなく全国に発せられたのが今週だが、その週末。関東は暴風雨、竜巻、そして地震もあった。ここ数年で台風や大雨、地震の被害に遭われた人は、過去の記憶と今のコロナとでより心細い思いをした方も多かったろう。「家に居るように」というのが合言葉になっているが、「家」が安全な場所であり続けますように。


この「家」のミニチュアが可愛い磁石は昨年、デュオ・ポッキーズの友人にオーストリア土産にいただいたもの。彼女はハードに働いて、でも出来る人ならではの切り替えの早さを発揮し、よく旅行に行かれる。時々夏休みを利用してウィーンでピアノのレッスンを受けに行って、その時の土産話もしてくれる。この夏までに、そういう日が戻ってきて欲しいもの。

私はテレワークの今週、通常勤務より通勤がない分疲れていないと思っていたが、寝ても寝ても起きれず、寝てばかりとなってしまった。今は、身体の抵抗力を保持するのが大切かなと自分を甘やかせて読書。

以前、尊敬する人が三人いると、緒方貞子さん逝去の際に記した。もう一人が、須賀敦子さんだ。残念ながら彼女が亡くなられてから知った。プライヴェートでイタリア旅行に行こうと思って、イタリアに関する本を乱読していたときに「ユスルナールの靴」に出会った。

「きっちり足に合った靴さえあれば、じぶんはどこまでも歩いていけるはずだ。」という文で始まる。イタリア在住、イタリア文学研究や日本文学の翻訳家。ミラノで夫ベッピーノと暮らし、友人、家族との関わり、イタリア文学について記す。知識不足でイタリア文学については分からない部分も多々あるが、その静謐な筆致を辿りたくて時折開く。

「トリエステの坂道」の本を頼りに歩きたくて、トリエステの町に滞在したこともあった。ミラノに行く時には「ミラノ 霧の風景」、ヴェネティアのゲットを訪れる「地図のない道」も。

最後に手にとるのは「こうちゃん」。酒井駒子さんの画と共に心に沁みゆく絵本。雨がトントンと音を降ってくる午後、一杯に本を広げて気持ちの赴くまま読む贅沢さ。本当に有難い時間だ。

画像はAmazonから

2020年4月17日金曜日

花便り

今週も漸く終わり。

コロナの影響は日常生活だけではなく仕事にも大きく及んできており、特に今週は海外客先工場のシャットダウンやロックダウンで受け入れ不可、出荷延期の要請や、今まで日本ではなかった客先の急な休業に出荷許可の為の書類も得られず出荷できないといった物流関係の問題が多かった。危ないと思い頻繁に窓口とは連絡をとっていたものの、窓口の人も想定していなかったスピード判断だったりして、従来業務以外の火消しに追われた。

そんな中、はらりと、友人から絵葉書が。こんな時だけれど自然は美しい、身体を労わってねと簡単なメッセージ。普段メールやチャットで音信を確かめることが多い中で、彼女らしい字と美しい花のカードに、何だか心衝かれた気がした。筆跡や絵葉書の絵がその人自身を表していて、彼女と相対しているように思える。


絵は「Fukurokujyu」Kinoshita Katsuhiro & Suda Hiroyuki

机に飾って眺めている。

2020年4月12日日曜日

八重桜

花それぞれの美しさがあるが、桜はその枝ぶりもまた、構造的に魅せられる。


八重桜花重々と冷々と 山口誓子

2020年4月11日土曜日

ローズゼラニウム

昨年友人からいただいたローズゼラニウムが花盛り。手折って室内に飾る。


可憐な花に、薔薇の香り。これが虫のいやがる匂いなので「蚊嫌草」ともいわれるそう。

昨年友人の家に遊びにいった際にお願いしていただいて、一輪挿しに飾って楽しんで、少し根のようなものがでたので土に植えたら、今年は八重桜のようにぼんぼりで幾つも咲いてくれて、母のベランダを春らしく明るい色に飾ってくれている。

今週はコロナウイルスで数都市で緊急事態宣言が発せられた。海外の客からは、「こんなに小さな国で何故そんなに自治体が沢山あって、それぞ対応が違うのか?」「様々な国でもっと厳しい対応をせざるを得ない中、何故日本だけ(自粛という緩い措置か)」といった質問を浴びせられた。

ゼラニウムは生命力が強い、育てやすいと言われているが、本当にそうだ。生命力が強いということ、それは今のような非常事態でも、日常でも同じように大切な資質。

経済全体については政府や自治体の指示・要請は非常に大切だし効力もあるが、個人のレベルで考えると、生き延びる意志の強さ、自衛の意識を呼び起こさないといけないと思う。自然界であれば常に自分が生き残る道を選択し続けはじめて得られる生存。

ローズゼラニウムの花言葉は「選択」とのこと。この灯火のように活き活きとした花を見てると考えさせられてしまう。

2020年4月5日日曜日

花筏 「音楽で生きていく!」

テレワークによる通勤時間有効活用は、運動、英会話、ピアノ(ハノン)、読書に充てようと思った。たとえ2週間で終わろうと、終わるまいと。そうでないとそのまま仕事にあててしまいそう。

コロナが始まる前は「働き方改革」とか「ワークライフバランス」と叫ばれていた。組織や社会に頼らず自立して仕事して稼いでいってできるだけ年金や医療費を使わないでくれという方針を綺麗にまとめた言葉。

そう言わざるを得ない環境があり、それは不公平だ!と言ってみても別に方針が変わる訳ではないので、やはりできるだけ自己防衛をしなければなるまい。ということで、結果それが役立つかわからないけれど、少しでも知恵や人脈や体力や筋肉を身につけたいもの。そしてそれらを支える源となる気持ちを強くもちたい。

と、立派なことを思いたった訳だが、結構実行するのは難しい。結局一週間で読んだ本は一冊。青柳いづみこ氏の「音楽で生きていく!」。プロの音楽家の道を歩む若者の「キャリアデザイン」を青柳氏が聴きだしていく。

勿論ピアニストに興味があって読み始めたのだが、心に残ったひとことは、メゾソプラノの脇薗彩さん。「ほんとうに自分が望んでいったら実現する。」「これは最近のモットーなんですけれど。1日1回、何でもいいから挑戦すること。何でもいいんですよ。歌うことをつねに楽しむこと。新しいこととか自分が知らないことを知るのを恐れない。おかしいと思わない。怖いかもしれないけれども、知らない世界に飛び込んでいくことを厭わない。で、何にたいしても開いていることですかね。(略)」

言うは易し、行うは難し。この厳しい覚悟を自ら行い、実行できるかが、プロとして少なくとも土俵にあがれるかの試金石なのだろう。それは音楽であろうとなかろうと。


花の命は短くて。と言われる。

影少し遅れ流るる花筏 安斉君子

花は散っても、水面に映る木の若葉は、花の「次」を示してくれているのではないか。

2020年4月4日土曜日

花嵐

世界的にコロナの猛威。多くの客先は1-2週間前に既に騒ぎになっていた。とうとう日本の君達もかと言われた。国によって生活環境もビジネスの状況もだいぶ異なり、「商談延期」という一言に対し、今後の見通しをどう想定するか。客の国、地域、製品分野によってだいぶ変わる。

今週からテレワーク。骨折の時に1ヶ月以上「ほぼテレワーク」をした時と比べると、2年経った今、東京オリンピックを想定し会社も組織として仕組みをつくってきているので大分業務は円滑にできるようになっている。

集中できるし、家族と過せることは安心だし、通勤の二時間を別に使えるのでいいことづくめだ。ただ、集中しすぎて気がついたら2-3時間座って画面を見据えて調査・分析・資料作成していることも多く、アラームを鳴らして強制的に立つようにしないと体に悪い。通勤しない分運動不足になる。

また、家での素の自分と会社での自分は当たり前だが異なり、なかなか素の自分に還れる場所でアグレッシブな会社での自分を出すのも難しい時がある。部屋の扉を閉めて気持ちを切り替えるなども私には必要。

今週は雨、嵐のような大風、寒いかと思えばいきなり20度と天候が変わった。家の前の桜も、はや葉桜になりかけている。

花発多風雨
人生足別離
子武陵 「勧酒」より

井伏鱒二の超訳にかかると「花に嵐のたとえもあるぞ サヨナラだけが人生だ」となる。

3月から4月、例年、卒業式で別れ、4月に新たな出会いがある季節。今年は形式的には明確な区切りのない気分のまま新年度に突入した感があるが、この漢詩を想いうかべ、「花を咲かそう、多くの雨風が吹くかもしれないが」と読みたいもの。