土曜の朝にとりあえず聴いてみる番組。「音楽交差点」。
チェンバロは以前から音色が好きだった。爪弾くようなギターにも似た凛とした音色。ピアノのようなダイナミックスはないし、音の減衰も早い。しかし、だからこそ、束の間の音をつかまえようと耳を欹て、僅かなニュアンスの違いも捉えたいと集中力が自然と向く。大学時代は「バロックアンサンブル」を設立し、チェンバロを弾いていたこともある(なんと向こう見ずな!)
まず、はじめのソロの曲はバッハのフランス組曲5番、アルマンド・クーラント。ご本人おっしゃるとおり、ピアノであれば若年に習う人が多いだろう。私も弾いたことがある。だが今回チェンバロの演奏が画面に映し出されると、鍵盤に吸い付くような指、鍵盤が勢いよく戻るタイミングを瞬時に捉えて打ち込まれる連打、ダイナミクスが目立たない鍵盤楽器なのにまるで声楽の吐息のような0.1秒ほどの(もっと短いかも)躊躇いを表現する間が進行するのをただただ茫然と鑑賞するしかない。音楽とは。血沸き肉躍るダイナミクスに宿るだけではなく、このようにさりげなく、自然な呼吸のように表現されることもあるのだと、改めて思った。後者の表現の難しさも、評価され難さも、演者と聴衆が納得した時の喜びも。なかなか難しく、だが抗えない魅力的な楽器だとあらためて思った。
大谷さんのヴァイオリンとチェンバロのコラボレーションは2曲。ヘンデル作曲のヴァイオリン・ソナタ第4番 。そして、イギリスの作曲家ジョン・ラター「古風な組曲 第4曲 ワルツ」。私は不勉強にも知らない1945年生まれの現代の作曲家だ。大谷さんはジャズのようなと評されていたが、多分チェンバロ(オリジナル曲ではない)で弾くとジャズのように自由度が増して楽しいという思いでの表現ではないかと思う。ワルツの曲で、メロディック(古風?)で、チェンバロが伴奏、ベース、打楽器、を小気味の良い撥音で奏でる刺激的なコラボだった。
朝から心躍る音楽を聴くことができ、それだけで目覚めてよかったと思えた一日。


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