2020年4月12日日曜日

八重桜

花それぞれの美しさがあるが、桜はその枝ぶりもまた、構造的に魅せられる。


八重桜花重々と冷々と 山口誓子

2020年4月11日土曜日

ローズゼラニウム

昨年友人からいただいたローズゼラニウムが花盛り。手折って室内に飾る。


可憐な花に、薔薇の香り。これが虫のいやがる匂いなので「蚊嫌草」ともいわれるそう。

昨年友人の家に遊びにいった際にお願いしていただいて、一輪挿しに飾って楽しんで、少し根のようなものがでたので土に植えたら、今年は八重桜のようにぼんぼりで幾つも咲いてくれて、母のベランダを春らしく明るい色に飾ってくれている。

今週はコロナウイルスで数都市で緊急事態宣言が発せられた。海外の客からは、「こんなに小さな国で何故そんなに自治体が沢山あって、それぞ対応が違うのか?」「様々な国でもっと厳しい対応をせざるを得ない中、何故日本だけ(自粛という緩い措置か)」といった質問を浴びせられた。

ゼラニウムは生命力が強い、育てやすいと言われているが、本当にそうだ。生命力が強いということ、それは今のような非常事態でも、日常でも同じように大切な資質。

経済全体については政府や自治体の指示・要請は非常に大切だし効力もあるが、個人のレベルで考えると、生き延びる意志の強さ、自衛の意識を呼び起こさないといけないと思う。自然界であれば常に自分が生き残る道を選択し続けはじめて得られる生存。

ローズゼラニウムの花言葉は「選択」とのこと。この灯火のように活き活きとした花を見てると考えさせられてしまう。

2020年4月5日日曜日

花筏 「音楽で生きていく!」

テレワークによる通勤時間有効活用は、運動、英会話、ピアノ(ハノン)、読書に充てようと思った。たとえ2週間で終わろうと、終わるまいと。そうでないとそのまま仕事にあててしまいそう。

コロナが始まる前は「働き方改革」とか「ワークライフバランス」と叫ばれていた。組織や社会に頼らず自立して仕事して稼いでいってできるだけ年金や医療費を使わないでくれという方針を綺麗にまとめた言葉。

そう言わざるを得ない環境があり、それは不公平だ!と言ってみても別に方針が変わる訳ではないので、やはりできるだけ自己防衛をしなければなるまい。ということで、結果それが役立つかわからないけれど、少しでも知恵や人脈や体力や筋肉を身につけたいもの。そしてそれらを支える源となる気持ちを強くもちたい。

と、立派なことを思いたった訳だが、結構実行するのは難しい。結局一週間で読んだ本は一冊。青柳いづみこ氏の「音楽で生きていく!」。プロの音楽家の道を歩む若者の「キャリアデザイン」を青柳氏が聴きだしていく。

勿論ピアニストに興味があって読み始めたのだが、心に残ったひとことは、メゾソプラノの脇薗彩さん。「ほんとうに自分が望んでいったら実現する。」「これは最近のモットーなんですけれど。1日1回、何でもいいから挑戦すること。何でもいいんですよ。歌うことをつねに楽しむこと。新しいこととか自分が知らないことを知るのを恐れない。おかしいと思わない。怖いかもしれないけれども、知らない世界に飛び込んでいくことを厭わない。で、何にたいしても開いていることですかね。(略)」

言うは易し、行うは難し。この厳しい覚悟を自ら行い、実行できるかが、プロとして少なくとも土俵にあがれるかの試金石なのだろう。それは音楽であろうとなかろうと。


花の命は短くて。と言われる。

影少し遅れ流るる花筏 安斉君子

花は散っても、水面に映る木の若葉は、花の「次」を示してくれているのではないか。

2020年4月4日土曜日

花嵐

世界的にコロナの猛威。多くの客先は1-2週間前に既に騒ぎになっていた。とうとう日本の君達もかと言われた。国によって生活環境もビジネスの状況もだいぶ異なり、「商談延期」という一言に対し、今後の見通しをどう想定するか。客の国、地域、製品分野によってだいぶ変わる。

今週からテレワーク。骨折の時に1ヶ月以上「ほぼテレワーク」をした時と比べると、2年経った今、東京オリンピックを想定し会社も組織として仕組みをつくってきているので大分業務は円滑にできるようになっている。

集中できるし、家族と過せることは安心だし、通勤の二時間を別に使えるのでいいことづくめだ。ただ、集中しすぎて気がついたら2-3時間座って画面を見据えて調査・分析・資料作成していることも多く、アラームを鳴らして強制的に立つようにしないと体に悪い。通勤しない分運動不足になる。

また、家での素の自分と会社での自分は当たり前だが異なり、なかなか素の自分に還れる場所でアグレッシブな会社での自分を出すのも難しい時がある。部屋の扉を閉めて気持ちを切り替えるなども私には必要。

今週は雨、嵐のような大風、寒いかと思えばいきなり20度と天候が変わった。家の前の桜も、はや葉桜になりかけている。

花発多風雨
人生足別離
子武陵 「勧酒」より

井伏鱒二の超訳にかかると「花に嵐のたとえもあるぞ サヨナラだけが人生だ」となる。

3月から4月、例年、卒業式で別れ、4月に新たな出会いがある季節。今年は形式的には明確な区切りのない気分のまま新年度に突入した感があるが、この漢詩を想いうかべ、「花を咲かそう、多くの雨風が吹くかもしれないが」と読みたいもの。

2020年3月29日日曜日

桜隠し ホール プロティアンキャリア

桜隠し。
桜を隠す雪を指す季語だと言う。
今日のようにしんしんと冷え、花散らしの雪が降る時をどのように表したらいいのだろうかと思い調べていて出会った言葉。日本語の美しさを感じる言の葉。

昨日の晴れ、曇りから夜中雨、17度近く下がって雪。古よりこの季節が変わりやすいといっても、地球温暖化に助長され変化が激しくなっている感がある。

話は変わり。キャリアコンサルティングの理論に、「変幻自在な」キャリアを提唱した人がいる。1966、年にMITで博士号をとったホールと言う人が提唱したもの。

組織によってではなく個人によってキャリアは形成されるもの。移り変わる環境に応じて、ギリシャ神話のプロテウスのように自分でキャリアを変えていこうよ、というもの。

自分は結構個人に軸足を置いて社会人として歩んできた気がしていたのだが、実は違うようだと思った。ホールによれば「重要なアイデンティティ」が「自分は何がしたいのか」と考えるプロティアン・キャリアに対し、従来のキャリアの考え方は「私は何をなすべきか」に重きを置いているという。つらつら思い返すと、学生時代はプロティアン・キャリアそのものだった。日本企業のある意味代表のような会社に就職したとき、「いっとき徹底的に同化して、良い所を吸い取り、転職しよう」と考えていた。その時に学生時代までの価値観も変えようとしたし、変えないとその会社で生き延びられなかった。

だが、今、自分が勤める会社も含め企業は変わろうとしているし、組織の良い所も悪い所も知り尽くした今、「組織」に捉われる(勝手な忖度する)必要は、本当はない。自分が変わりたければ、この歳になるとちょっと考え方をすぐに変えるのは難しいが、プロティアン・キャリアを体現すること、できないはずはない。


2020年3月28日土曜日

花曇り

今週は、オリンピックの延期決定や、東京都知事の外出自粛要請もでて、生活環境が大きく変わった。

両者の声明を受け、会社も「在宅勤務」を指示。漸く、本気で安全を前面におしだし始めたように感じられる。それでも社内では一週間に一度は顔あわせて打ち合わせする為に出社すべしという人もいたが、流石に一蹴されていた。

桜が咲き始めた。例年ならドンチャン音がしてくる公園も静まり返っている。しんとした早朝の空気。花曇りの空は不穏な色だが、花は凜としたたたずまい。


しんとして 露をこぼすや 朝桜
正岡子規

2020年3月22日日曜日

春のお彼岸

気がついたらお彼岸ももうすぐ終わり。

鈍麻させていた気持ちを、一枚ずつ薄皮をはがしていくにつれ、まわりの景色にも色が段々ついてくるようだ。

美しい花を見て、美しいと感じられるのが嬉しい。3週間ほど触れる気にならなかったピアノも今日は弾いてみようか。