クリスマスはキリスト教にとって大きな意味のあるもので、キリスト教の近くにいた時間が長かったので、何か商業主義にのるだけの風潮には気持ちの抵抗がある。でも、単純に、素直に、家族や友人、恋人や親しい人々が集う時と捉えるれば、それもまたひとつの良い機会だなとも思う。
母の創ったリース。何十年も同じ土台だが、毎年何か新しいものが加わっている。今年は取っ手に新しい紅いリボン(いただきもののお菓子の飾り?)とか。玄関にこのリースが飾られると歳甲斐もなくウキウキとしてくる。
今日は妹夫婦から、足温器のプレゼントをもらった。母の体調を慮ってだろう。
たのしみは 家族集うて 贈り物 開けて 笑って 確かめ合うとき
2019年12月24日火曜日
2019年12月22日日曜日
冬至 そして音 楽しむとき
冬至のこの日。南瓜を食して、この季節の健やかなることを願う。
音の喜びもまた心の健やかさのひとつのバロメーター。
先週は友人のコンサートに参加。川口でベーゼンドルファー・インペリアルを弾く機会に恵まれた。とても佳い音楽会だった。仲間よし、ピアノよし、ホールよし。これ以上何を望めよう。
今年は本当に自分の体力と種々のスケジュールとの闘いに思えた。無事にプライヴェートは今週末で主なところは終わり本当に安堵。ホッ。
音の喜びもまた心の健やかさのひとつのバロメーター。
先週は友人のコンサートに参加。川口でベーゼンドルファー・インペリアルを弾く機会に恵まれた。とても佳い音楽会だった。仲間よし、ピアノよし、ホールよし。これ以上何を望めよう。
今年は本当に自分の体力と種々のスケジュールとの闘いに思えた。無事にプライヴェートは今週末で主なところは終わり本当に安堵。ホッ。
2019年12月21日土曜日
2019年12月15日日曜日
3ヶ月ぶりの
休みだ。本当の。
昨日でキャリアコンサルティングの講座は終わり。コンサートでフランス音楽を弾く目標も同様に昨日終わった。忘年会は会社関係だけにして時間を創って最後の受講の宿題、そしてちょっとだけピアノの練習もした。仕事だって頑張った。欧米客がクリスマス休暇に入る前にできることはやった。アジアはもう一度話ができるかと種まきをした。
冬薔薇(ふゆそうび)
たのしみは 妹飾るる冬薔薇 蕾開くか 蕾開いて! 朝 占うとき
昨日でキャリアコンサルティングの講座は終わり。コンサートでフランス音楽を弾く目標も同様に昨日終わった。忘年会は会社関係だけにして時間を創って最後の受講の宿題、そしてちょっとだけピアノの練習もした。仕事だって頑張った。欧米客がクリスマス休暇に入る前にできることはやった。アジアはもう一度話ができるかと種まきをした。
冬薔薇(ふゆそうび)
たのしみは 妹飾るる冬薔薇 蕾開くか 蕾開いて! 朝 占うとき
2019年12月7日土曜日
一葉
冷たい雨の日だった。雪が降ると言われた位の真冬日。雨に濡れる常緑樹の上に、一枚紅葉が。
その写真に献じて、今日のタイトルは紅の「一葉」。
と書いたところで、この「一葉」という言葉、結構いろいろな意味がある。「一葉の写真」と数えることもあれば、一艘の小舟を指すことも。「アルバムの一葉」という数え方のタイトルに訳されたシャブリエの曲もあれば、また俳諧では桐の葉を言うとのこと。人名でいえば樋口一葉が挙がるだろう。
あなかちに枯れるてもなし桐一葉 正岡子規
その写真に献じて、今日のタイトルは紅の「一葉」。
と書いたところで、この「一葉」という言葉、結構いろいろな意味がある。「一葉の写真」と数えることもあれば、一艘の小舟を指すことも。「アルバムの一葉」という数え方のタイトルに訳されたシャブリエの曲もあれば、また俳諧では桐の葉を言うとのこと。人名でいえば樋口一葉が挙がるだろう。
あなかちに枯れるてもなし桐一葉 正岡子規
2019年11月30日土曜日
キャリア・カウンセリング 実技で考えさせられたこと
今週はまた急激に寒くなった。職場は風邪で休む人だらけ。私も先週までまた懲りずにひいていたので、他人事ではない。
学びの生活の方は、今週はキャリア・カウンセリングの振替授業と正規のそれと二日あるので、疲労困憊。特に実技のクラスは先週末に続いて二週連続。体力も気力も酷使した。先週は特にプロの先生にクライアント役をしていただいているので、手強く、率直で、痛かった。
その痛み収まらぬうちに今週の実技のクラスはクラスメート同士のロールプレイ。設定も受講者各人が作ったもの。ある程度内容を自分なりに理解しているケースでないと、話のつじつまが合わなくなったり、感情がわからないと困るので、受講者が自分自身と、幾つか知っている人達のケースを綯い交ぜにして作成することが多い。
若い人から60代の人まで年齢層が広い為、ケース設定も様々で思いがけなかったり、分からなかったり、多岐に渉る。そんな中で、今回私は、今年になって急に会社が定年延長を打ち出し、あと数年頑張ろうと自分に鞭打ってきた企業戦士が、急にゴールのテープが遠のいて、ショックを受け、途方にくれどうしてよいかわからなくなってしまったというケースの方と一緒にロールプレイをした。
授業なのでケースとして役をこなす一方、個人的には自分もまた同じような境遇にあった!と思い、どうやってこのニュースというか衝撃的な制度改訂を自分は乗り越えたのだろうとつらつらと考えてみた。
そういえば。昨年骨折で一ヶ月会社を休んだのだが、そうなる直前に、業務上オーバーキャパになっていて、心身共に疲弊しきっていたことを思い出してきた。骨折した時は精神的なことは忘却の彼方に押しやり、単に運動神経ないなと思ってまわりにもそういっていたのだが・・・。そして、物理的に骨折で会社に行けなくなった一ヶ月間、仕事しつつも、長く勤めた企業と、自分という個人との距離感を種々考えていた。そしてある割り切りに至っていたのだと気付いた。
ケーススタディといった、他人の事例を実技したり分析しているつもりが、ふと気がつくと鏡の中の自分を覗き込んでいた、といったところ。
興味深くもあり・・・でも、思いもかけないところで自分の心の深淵に向き合わされてしまったような・・・薄ら寒くなるような思い(自己認識)もしてしまった授業だった。
この写真は妹からもらった竜胆、どんどん茎をきって小さくなった。だが身体一杯に咲いていて、その生命力が美しかった。
竜胆の美しさを映像的に再認識させてくれる文がある;
「ああ、りんだうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。
線路のへりになったみじかい芝草の中に、月長石ででも刻まれたような、すばらしい紫のりんだうの花が咲いていました。
宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」から
学びの生活の方は、今週はキャリア・カウンセリングの振替授業と正規のそれと二日あるので、疲労困憊。特に実技のクラスは先週末に続いて二週連続。体力も気力も酷使した。先週は特にプロの先生にクライアント役をしていただいているので、手強く、率直で、痛かった。
その痛み収まらぬうちに今週の実技のクラスはクラスメート同士のロールプレイ。設定も受講者各人が作ったもの。ある程度内容を自分なりに理解しているケースでないと、話のつじつまが合わなくなったり、感情がわからないと困るので、受講者が自分自身と、幾つか知っている人達のケースを綯い交ぜにして作成することが多い。
若い人から60代の人まで年齢層が広い為、ケース設定も様々で思いがけなかったり、分からなかったり、多岐に渉る。そんな中で、今回私は、今年になって急に会社が定年延長を打ち出し、あと数年頑張ろうと自分に鞭打ってきた企業戦士が、急にゴールのテープが遠のいて、ショックを受け、途方にくれどうしてよいかわからなくなってしまったというケースの方と一緒にロールプレイをした。
授業なのでケースとして役をこなす一方、個人的には自分もまた同じような境遇にあった!と思い、どうやってこのニュースというか衝撃的な制度改訂を自分は乗り越えたのだろうとつらつらと考えてみた。
そういえば。昨年骨折で一ヶ月会社を休んだのだが、そうなる直前に、業務上オーバーキャパになっていて、心身共に疲弊しきっていたことを思い出してきた。骨折した時は精神的なことは忘却の彼方に押しやり、単に運動神経ないなと思ってまわりにもそういっていたのだが・・・。そして、物理的に骨折で会社に行けなくなった一ヶ月間、仕事しつつも、長く勤めた企業と、自分という個人との距離感を種々考えていた。そしてある割り切りに至っていたのだと気付いた。
ケーススタディといった、他人の事例を実技したり分析しているつもりが、ふと気がつくと鏡の中の自分を覗き込んでいた、といったところ。
興味深くもあり・・・でも、思いもかけないところで自分の心の深淵に向き合わされてしまったような・・・薄ら寒くなるような思い(自己認識)もしてしまった授業だった。
この写真は妹からもらった竜胆、どんどん茎をきって小さくなった。だが身体一杯に咲いていて、その生命力が美しかった。
竜胆の美しさを映像的に再認識させてくれる文がある;
「ああ、りんだうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。
線路のへりになったみじかい芝草の中に、月長石ででも刻まれたような、すばらしい紫のりんだうの花が咲いていました。
宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」から
2019年11月29日金曜日
気になるプーランク
2019年は実は(と言っても自分が知らなかっただけ)プーランクの生誕120年だった。2019年1月7日にプーランクお誕生日おめでとう!と書いていた人のブログを読んで気付いた訳。
フランス音楽講座で受講生が「ナゼルの夜会」を弾いたり、青柳いずみこ氏が「小象ババールの物語」をとりあげたりされたので、その自由な作風に興味をもったものの、今年1月7日時点では全く自分が弾くことは想定していなかった。
本当は弾きたいなという思いもあったが、それはいつかもてる自分の時間の為にとっておき、コンクールの曲は別にと思っていた。
だが、弾きたいと思った曲を練習し、アマチュアなんだからコンクールにもっていってもいいじゃない!と思うようになった。心境変化である。
コンクールに対する自分の気持ちが変化した(コンクールで受け容れられる曲を弾くべしと思ってきたが自分の弾きたい曲を弾いて、アマには分からないコンクール用の曲じゃないじゃないと評価落とされてもいいじゃないという変化)。それに、プーランクの曲は弾いてみると弾きにくく(自分にとって予想したような音にいかない)、とても短い即興曲を練習しているのにもかかわらず仕上がらず、「得体の知れないもの」としてもっと知りたくなったから。
そういう訳で、「好きなメロディが時々ある」だけではなく、「気になるプーランク」として、追っかけをしてみようかなと思っている。
我が家の花、ちょっと趣向を変えて横貌を撮ってみた。
正面からみると、絢爛。香りも艶やかに、座を支配するが如く美しく咲き誇るオリエンタルリリーだが、このアングルからだと意外と華やかというよりも柔らかく、しなやか。
百合の横貌。人と同様、いつもと違う表情は、思いもかけぬ邂逅なだけに、印象深く心に刻まれる。
フランス音楽講座で受講生が「ナゼルの夜会」を弾いたり、青柳いずみこ氏が「小象ババールの物語」をとりあげたりされたので、その自由な作風に興味をもったものの、今年1月7日時点では全く自分が弾くことは想定していなかった。
本当は弾きたいなという思いもあったが、それはいつかもてる自分の時間の為にとっておき、コンクールの曲は別にと思っていた。
だが、弾きたいと思った曲を練習し、アマチュアなんだからコンクールにもっていってもいいじゃない!と思うようになった。心境変化である。
コンクールに対する自分の気持ちが変化した(コンクールで受け容れられる曲を弾くべしと思ってきたが自分の弾きたい曲を弾いて、アマには分からないコンクール用の曲じゃないじゃないと評価落とされてもいいじゃないという変化)。それに、プーランクの曲は弾いてみると弾きにくく(自分にとって予想したような音にいかない)、とても短い即興曲を練習しているのにもかかわらず仕上がらず、「得体の知れないもの」としてもっと知りたくなったから。
そういう訳で、「好きなメロディが時々ある」だけではなく、「気になるプーランク」として、追っかけをしてみようかなと思っている。
我が家の花、ちょっと趣向を変えて横貌を撮ってみた。
正面からみると、絢爛。香りも艶やかに、座を支配するが如く美しく咲き誇るオリエンタルリリーだが、このアングルからだと意外と華やかというよりも柔らかく、しなやか。
百合の横貌。人と同様、いつもと違う表情は、思いもかけぬ邂逅なだけに、印象深く心に刻まれる。
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