2019年9月29日日曜日

長月のおわりに

9月は長患いの長月だった。月がかわることで自分(体調)も良くなって欲しいもの。

仕事上は期末として期初からやっていたことの結果を問われる時期。一方プライヴェートでは新しく始めたことも。長患いは計算外で始まる前に計画してしまっていたので今更取り返しもつかずやり始めているが新しい勉強を2つ始めた。1つは通信教育で1つはスクーリング。どちらも時間も気力もとるので辛いが、新しい知識を得る喜びは大きい。

スクーリングの方は、キャリア・カウンセリング。今迄の人事と営業の経験を活かせるかとチャレンジしてみることに。スクーリングは終日1日×3か月を、通常の業務にプラスするのはかなり厳しい。しかし、行ってみると他の受講者の目的意識に刺激を受けたり、知らないことを知る楽しみに、疲れと贅沢な時間をもらったという心持 半々だ。

今は体調悪く、仕事も通常にもどれば通学できないのではと不安が勝っているが、勉強してみようと思えるだけ環境が恵まれていることもわかっているので、あとはやってみるしかない。


珍しい、真紅の蘭を。暑くて、でももうすぐ秋を感じさせる色。

2019年9月23日月曜日

お彼岸

夏風邪をひいた。夏風邪は長引くと思い早めに医者に行って服薬したのに熱と咳が収まらず3週間、休んだり、テレワーク、フレックス。定義はどうあれ、休みつつ仕事しつつ休んだ。40度の熱があっても休んだことのないのが身上なのに、と情けない。だが、ふと、骨折の時と同じように身体からのメッセージととらえなければいけないのかなと思った。


今年はお彼岸に墓参にも行かれなかった。

2019年9月1日日曜日

八月の終わりに ピアノレッスン プーランク

今週出張もなくなったので、今日は急なお願いをしてピアノのレッスンを先生にお願いした。9月のフランス音楽講座にもっていく曲をみていただくため。練習をはじめたのは昨日なのだが、、、。

プーランク 15の即興曲の6番と8番。フランス音楽講座で他の人が弾くのを何度も聴き、弾きたいと思いながら手を出しかねていた。好きな曲はメロディックな曲と、皮肉の効いたでも技術的には難しそうな曲なので、前者はイージーリスニング、イージプレーと思われるのではないかと思い、後者は難しい割にそう受け取ってもらえないとの勝手想定。だが、弾きたい曲を弾けばいいじゃない!と開き直ることにした(自分に?、誰も気にしていないでしょう)。

プーランクは1899-1963年仏作曲家。現代音楽家といってよい時代に生きた人だが、分かりやすく、調性で作曲をし続け。所謂現代曲の作曲家とも交流し理解を示しつつ、わが道をいく人だったようだ。Wikipediaでは、クロード・ロスタンの評を引用している。「ガキ大将と聖職者が同居している」と。

作曲家に個人的にも興味が湧くが、掘り下げるのは、まずは曲の練習をしてからでしょう。


今日で8月も終わり。夏休みも1日とっただけで終わり。ちょとさびしい気がする・・・が、この災害の多い夏、親族も仕事の同僚も九州に居るので、月が変わりもう災害もさようならと言いたい。


2019年8月30日金曜日

夏休み

今日は夏休み。とうとう一日もぎとった。

何もしない日にしようと思い、計画もたてなかった。仕事も、勉強も、趣味もなし。そんな贅沢な一日。

とはいえ、結局朝からホボテレワーク状態。

それでもやっぱり嬉しい夏休み。

この夏のピアノコンクールの日々を振り返り、練習時間がやはりどうしても足りないこと反省。曲は二年かけてつくるべし。人より練習時間が少ないなら期間を多く取らざるを得ない。そして公私のオン/オフを、形だけではなく、心を本当に切り替えて、ピアノを弾く時には仕事を完全にシャットアウトする。音楽に集中し、音楽のことのみ考える。それが音楽を楽しみ敬う為の、最低限のルールだと自省。


妹からのプレゼント。ご褒美と思っていいのかなと愛でる。

2019年8月12日月曜日

精霊がたずねてくる夜に

この暑さなのに、「お盆」は秋の季語だという。立秋も過ぎ、暦の上では秋というが、実態感が伴わないことこの上ない。

盂蘭盆の 出わびて仰ぐ 雲や星 飯田蛇笏

今晩は雲や星、そして月がくっきりと見え、この句がふさわしい。家族の精霊が訪ねてきやすいように明るい夜だ。


叔母が創ってくれた陶器の水差しに薄紅の小花と木苺の葉を添えて。帰ってきてねと開く天空への窓。


2019年8月5日月曜日

中野坂上 ベーゼンドルファー ピアノの音

中野坂上のハーモニーホールでベーゼンドルファーを弾く機会に恵まれた。

ただ、自分が想像したよりも大きな音で響いたのに驚き、はじめの一音で緊張してしまった。即興で新しい楽器、新しいホールに楽しむこと、ができるほど心の余裕がなかったのだろう。

コンクールや音楽会は、普段仕事が殆どの生活の時間を占めている世界と、完全に異なる世界。どちらも自分にとって現実で、どちらも違う意味で自分にとっては大切だ。コンクールはアマチュア向けで、それによって収入が変わるわけではない。しかも趣味の領域だ。何があっても別に世界が変わるわけではない、はず。だが、実際には個人の世界では大切な部分なので、いろいろと考えたり感じるところがある。

その試行錯誤が楽しいから、続けている。自分自身でのトライ&エラー、先生やまわりの人との話し合い。家族からのシンプルにして厳しいひと刺しも・・・。それも、弾いて、自分としては頑張ってやってみているから、反応を求められるのだと思う。


ピアノは家族からの贈り物。宝物だ。

2019年7月21日日曜日

銀座 ヤマハ ベーゼンドルファー

今日は銀座のでベーゼンドルファーを弾く機会に恵まれた。ヤマハホールというからてっきりキラキラのヤマハのピアノと思い込んで行ったら、なんとベーゼンドルファーだった。弾く時に気がつき驚愕。確認をしようとも思わなかった私の情報戦負け。

先に他の方々の 演奏を聴き、結構響く人と、ソフトペダルを踏んだ人は柔らかすぎるように聴こえていた。が、美しいフォルムと、豊かな響きに、「弾いてみたい」という思いがでてきた。最近は自信のなさが先にたつ思いが、今回は「このピアノと対話したい」と思えたのが自分としては嬉しかった。

実際には間違いがかなりあったが、自分なりには踏みとどまりその範囲に置いてはうまくまとめた。勿論聴く人が聴いたら間違いは分かったろうが、いつもの緊張からくる震えもなく、ピアノの音色を楽しみながら弾けたことがとても嬉しかった。コンクールとしては失格だが、幸せな時を過ごすことができた。

コンクールの幸せ。それは素晴らしいピアノに触れ、その音をその場で聴くことができること。


今年は梅雨が長い。コンクールが終わってもまだ梅雨明け宣言がない。梅を干す日がなかった(母が。私ではない。) だがこの漬ける前の黄金の色、成熟の時が楽しみだ。