2022年4月2日土曜日

旅の記憶

職場の異動が多い季節。

私自身は異動なかったものの大きな業務分担があり、短時間での引継ぎ、引き継がれ。WEBも対面でも歓送迎会ありあっと気が付いた時には年度が変わっていた。

そんな中、とても楽しみにしていた会食あり。職場の先輩で、勤務先が変わってもおつきあいいただいている。今回は以前からご一緒したかった地元のイタリアンで。

職場の話では私がヒートアップして話をしても笑って聞いていただき、気が付くと趣味や勉強のこと、と話題がつきない。

その中でもイタリアへの旅の話になると、止まらない。行きたい美術館数多あり、博物館だって捨て難い。塩野七生さんの本はどこまで読んだ?

イタリアに旅した時、どんな薫りが、匂いがしただろう。シチリアでは潮、海。鰯を焼く匂い、レモンの薫り。ミラノは皮工房での獣と油のにおい。ヴェニスは運河の湿った空気感。

先輩はミラノで気に入ったビスコッティの話。そうそう。食事ならこれも、あれも・・・。

五感で旅を楽しんだ時の記憶は文字通り何物にも代えがたく、人を結びつけるものだとあらためて思った。


2022年3月20日日曜日

フランス音楽講座 マスネ 「トッカータ」

 一か月前は何をしていただろう。

2月20日は北京五輪閉幕式だった。各競技、各国の選手に声援を送り、日本の選手の挑戦と活躍に胸躍らせた。仕事では、旧正月前後、五輪前、中国での大型投資の商談の動きが緩慢で、次のパラリンピックまでの間に動きがあることを期待していた。

実際にはロシアによるウクライナ侵攻が起こり、パラリンピックが何等か歯止めになってくれるかとの思いもむなしく現状に至っている。いつの間にかパラリンピックは終わり、この戦争の影響がニッケルやパラジウム、ヴァナジウムといった資源・原料高となって日々の仕事にダイレクトに関わってきている。この二週間は、この原料高騰のお蔭で、既契約の見直し、新規案件の急激な増(各企業が製造用の材料をおさえにかかってきている)への対応で忙殺された。

プライヴェートでは、先月は何をしていたか・・・。先月のフランス音楽講座には、マスネの「トッカータ」をもっていった。1か月で仕上げるには難しいかとも思ったが、アルペジオや音階が冬のスキーやジャンプのシュプールを想起させたので、季節にあっている気がして練習はじめた。

トッカータの語源はイタリア語の「toccare(触る)」。オルガンやチェンバロなどの鍵盤楽器に異常がないかを調べるためために、音階やアルペジオなどを弾き確かめたところからきている。今でも調律師さんが調律したあとにいろいろな音域で試し弾きをされているが、この行為そのものなのだろう。このように音を確かめる試し弾きといった目的から、時を経て即興的で連打や反復音の多い技巧的な曲に発展していった。

この曲の音階やアルペジオの左右の手、入れ替わり立ち代わり激しく弧を描く旋律が、今度は今の様々な政情や、資源・材料価格の乱高下を想起させるのだから、いやになる。音楽には何の責任もないのに。

早朝散歩。もう既に桜が咲いているとは。あれほど待ち望んでいた春がもう既にきていたことに気が付きもしていなかった。

2022年3月13日日曜日

春の兆し

 ふらふらと 行けば菜の花 はや見ゆる 正岡子規


2022年2月26日土曜日

ロシアのウクライナ侵攻

あり得るという話は種々のニュースやコメントにあったが。実行されてしまった。衝撃としかいいようがない。

父と母から戦争中の話を聞き、二度と起こしてはいけないと思いつつ、世界は戦争に満ちている。そして今起きているこの戦争に対して経済制裁以外の対抗ができていない状況。



2022年2月20日日曜日

嵐雪

2月は家族ともども体調があまり良くなかった。

そんな中で漸く、ひと区切りが着いた気がする週末。私もひと月ぶりに早朝散歩へ。

ひと月前、一輪咲き始めた白梅に心躍った。

梅一輪 一輪ほどのあたたかさ 服部嵐雪

それが今日みてみれば、枝一杯に花咲き、蕾が先を尖らせながら待っている。

もうすぐ春がくるという予感。毎年巡ってくる四季なのに、何故こう心が躍るのか。

2022年2月12日土曜日

白雪とスポーツ こころに剣士を

冬の五輪は美しい。ジャンプにフイギュアスケート。白い雪が全てを封じ込めるよう。

各国の選手達の健闘に手に汗握り見入ってしまう。一方で参加後の「規定違反発覚」で相次ぐ「失格」もあって、心穏やか観戦できないこともある。白い雪はそういう部分も覆い隠し、最後に美しい記憶しか残さないだろうか。

今週は東京にも雪が降った。外も雪、テレビで見る五輪も雪。雪が思い出させた映画は、「こころに剣士を」。エストニアの作品だ。

チャイコフスキーも滞在したことのある美しいリゾート地、ハープサル。ここはナチス、そしてスターリンから支配された土地。この地に教師としてわたってきたフェンシング指導者の実話である。

戦時中にドイツ軍にいたことから秘密警察に追われる身となった主人公は、身を隠すためにこの田舎町にくるのだが、実は彼はレニングラードでは有名なフェンシングの選手だった。この地で体育教師として赴任してきた。子供は苦手という彼だったが、部活でフェンシングを教えることに。戦争で父親達をとられた子供達の心が集まってきて練習にも力が入るように。練習を重ねて大会にでられるようになった子供達だが、大会は主人公にとって鬼門のレニングラードで行われる。最後、危険を冒して子供達に付き添っていく主人公は・・・。

しんしんと降る雪。感情を煽る音楽もなく、登場人物も多弁ではない。静かにストーリーは進み、静かに終わる。フェンシングという天職、生き甲斐、存在意義を生きる為に捨てなければいけない政治環境でもなお、捨てられない主人公の選択の重さと時代の非情さが迫る。

何故か五輪をみていて、この映画を思い出した。

2022年2月6日日曜日

立春 そして北京五輪

オミクロン猛威で日本のコロナ新規感染者は2万人/となったこの週。

「立春」という春が来たかのような名前にもかかわらず非常に寒い日、2008年に続き二度目の北京五輪は前回の華々しさとは異なる演出と政治ショーで開幕した。

前回の北京五輪の頃は、月に1週間は中国出張をして商談に明け暮れていた時期だった。五輪の熱気も1年位前からボルテージが上がっていて、建設ラッシュで翌月街に出ると前回食事をした店が取り壊され高層ビルがどんどん建っていたような時代だった。五輪近くの出張は、時間が読めなくなると想定され避けるようにしていたが、確か開催一か月前頃にどうしても行かなくてはならなくった。その時は空港の入国手続きに3時間以上かかった。同行者や現地関係者と落ち合うまでに5時間。見越して入国の日は宿泊するだけにしていたから良かったものの、宿に着いたのは深夜。翌日からの客先訪問も、車での移動は、車両規制で道路の流れはコントロールされていたものの検問のようなものもあり、やはり時間が読めず苦労した。

今回はどうなのだろう。春節が明けたら、現地関係者にきいてみたいもの。