サティ生誕160周年記念 高橋悠治氏と
久しぶりにわくわくする企画のクラシック音楽。
冒頭から、青柳いづこみ氏ソロのサティの「自動記述法」。そのほかにも「スポーツと気晴らし」バレエエ音楽「パラード」、他 「シネマ」。ダンス付きは舞踊家の松本直子氏も共演で、聴覚だけではなく視覚も想像もしない風景をみることができて、これぞ総合芸術のサロン、と楽しめた。
今日は午前中は大雨。音楽会が終わったら晴れて、会場近くの早稲田の地は木々が美しくあおあおとしていた。
サティ生誕160周年記念 高橋悠治氏と
久しぶりにわくわくする企画のクラシック音楽。
冒頭から、青柳いづこみ氏ソロのサティの「自動記述法」。そのほかにも「スポーツと気晴らし」バレエエ音楽「パラード」、他 「シネマ」。ダンス付きは舞踊家の松本直子氏も共演で、聴覚だけではなく視覚も想像もしない風景をみることができて、これぞ総合芸術のサロン、と楽しめた。
今日は午前中は大雨。音楽会が終わったら晴れて、会場近くの早稲田の地は木々が美しくあおあおとしていた。
まだ三か月しか経っていないが、先輩と話したいこと多く食事にお誘い。
お忙しいのにショートノーティスにもかかわらずおつきあいいただけることに。同じ職場に長かったので新しい組織のこと、同僚のこと、マーケットのこと、話すことはつきることない。
大学院について聞いていただいて答えたり、先輩の近況について教えていただいたり。という流れで、先輩が起業したとのニュースをお聞きして思わず乾杯を。
同じ職場で(違う職域で)働いている時から、米国支店での経験も含め非常に合理的な思考と、人としての思い遣りを併せ持つ稀有な方なので、そういうことを思い描いているだろうと内心期待するところがあったが、このたびあらためてお聞きすると一層喜びを感じた。
起業すること自体も何等か価値を創出されようとの表れだろうとの受けとめと、メリットとリスクを計算しながらも挑戦しようと思われたその気持ち。まだまだ刺激をいただいてばかりで、いつまで経っても近づくことができないと思う。
帰り際にいただいた赤坂松葉屋さんの胡麻豆腐。和の色のなんと美しいこと!素材を工夫した4つの味という珍しさ、ワクワク感。もう暫く目の保養をさせていただいた後、家族とゆっくりいただこうと思っている。
青柳いづみこ氏のフランス音楽講座。ここ数年続いている年に一度の弾きあい会。
今年はデュオ・ポッキーズの彼女の推奨で、会場はLa Salle Fにて。ここは資生堂初代社長の福原氏が、資生堂ギャラリーに続き、「芸術・文化を基点に人が交わる場」をコンセプトに開いたサロン。彼女の候補提案に、皆さん興味津々で満場一致で決定。
昨年彼女と試弾した時には、まだ若い感じのスタインウェイだったが、この一年でいろいろな方が弾かれたのだろう、こうやって楽器は人に弾かれて育っていくのかと思った。
また、場所も六本木とお客さんに来ていただき易く、サロンの木のぬくもりも温かみを添え、サロンの良さを実感させてくれる。ピアノ良し、音響良し、場所良し、の三拍子そろったホールである。
既存のホールだけではなく新しい場所とピアノを試すのに意欲的な人達ばかりというのも、同じ受講生として嬉しかった。
音楽の進行は、今年もまた彼女が企画からステージマネージャーまで対応いただいたお蔭様で、円滑にプロらしい小音楽会となった。曲目については、今年はテーマなどは設定せず、好きな曲を弾くことに。敢えて演奏者をあいうえお順にランダムで並べた訳だが、かえって作曲家もばらけて、何かひとつの川のように楽興に身を任せられて、非常に良かった。シャミナードの「春」の私達の連弾からはじまり、彼女のピトレスコ/プロコフィエフ、私のノクターン1番/フォーレ、サティに矢代秋雄、カプースチン、ショパン、ドビュッシー・・・。川のせせらぎを楽しみ、中洲の緑を愛で、いつの間にか激流に飲み込まれて、我に返ると揺蕩っているような、不思議な4時間だった。
この歳にして「学生」として入学式に参加するとは。
顔合わせのつもりで軽い気持ちで参加したが、短いながらフォーマリティもあり、学校のホールで学長からの話しと新院生の宣誓の辞が簡潔に述べられた。その後は教授、院生の顔合わせの場があり、はじめて同級生?と言葉を交わし、それぞれの目的や経歴を簡単に紹介しあったりできて、短時間ながら有意義な時だった。
来週月曜から夜学でオリエンテーションが始まる。平日夜学に参加するため、特に日本の夕方に朝を迎える欧州の需要家や海外エージェント、商社さんとの会議を、夜ではなく夕方の時間に調整しなおしてもらっている。それでも会議後即参加しないと夜学に間に合わないため、毎日WEB参加となるだろう。そのかわり、できれば週末の授業は部分的になるが対面の機会をどこかで入れたいと思っている。
年度末は離集、変化の時だ。
云十年前、入社した時、院・学卒1000人の入社者のうち、女性総合職は7名だった。そのうち、数人が海外に転職し、身体を壊して離職した人、残ったのは3人だけ。ここまで頑張ったのにそのうち1人は病魔に倒れ、1人は3月末で退職。残ったのは自分だけだ。率直に言えば寂しい。皆 going my wayで道が分かれていったということだ。
私の道は何か。あがきつつ、探し続けて、でも日々公私共に歩いていくということであろう。
雨のあがった春の暁。久しぶりの早朝散歩。
4月前に少しでも体力を得ようと月半分の早朝散歩を自己目標に掲げたが、実践は1日。あまりにもいろいろありすぎた。大きな組織編制、頼みにしていた部下の異動の影響が思ったより重かったこと、体調を崩し快復し難しの時期だった。
10年ぶりの運転。再練習だ。
母を外に連れだせるように運転をまたできるようになりたいと思った。だが、10年以上の空白は、予想以上に心理的壁があって、1年くらい行動に移せなかった。
4月から時間がなくなるからと、とうとうペーパードライバー向けの派遣講師にお願いして、2月は朝5:30から7:30、会社に行く前に週1で。3月は週末に遠乗りの練習を。昨日で終了。
やって良かった。できることが増えたのが単純に嬉しいし、運転の楽しさも思い出した。何よりよかったのは、教習所以降、ペーパードライバー時々勝手運転、だったのがプロに安全運転をたたきこまれたこと。優れた先生に巡り合えたのが、今回レッスンを完遂できた理由。
写真は雪柳。小米桜とも書く。仲春を表す花。花は小さいのに陽の光を弾いて生命力が眩しい。
この2-3か月は家族も私も体調悪く、親戚も尊敬する先輩も逝去し、不調続きだった。このままではいけないと丹田に力をこめ、やり直すつもり。