「これはきのう素敵な紳士から買い取ったばかりなんだ」と彼は言いながら、後ろに下がってそのピアノをつくづく眺めた。「スペイン人だが、ソルボンヌで中近東の言語を教えているんだ。彼はこのピアノで非常に古いタンゴをすごく下手に弾いていたんだよ」ちょっと間をおいてから、彼は付け加えた。「しかし、この楽器を心から楽しんでいたんだ」
その後まもなく、リュックがそんなふうに言うとき、それは最高の褒め言葉なのだとわたしは気づいた。ある人がとても個性的で、しかも音楽を演奏するのが好きなら、どんなに褒めても褒めすぎることはないのだった。(「ぴったり収まるもの」から T.E.カーハート/米・アイルランド 作 村松潔訳)
主人公のアメリカ人がカルチェ・ラタンの小さな工房に惹かれて、通いつめ、ついに「自分のピアノにめぐり合う」。ピアノを奏でる喜び、先生に習う楽しみ、様々な楽器に出会い、そして工房の若き職人リュックと会話を交わす歓びが静かに伝わってくる。大人になったからこそ表現できる音楽への憧憬に、心満たされる書。練習に没頭してしまい、時に歌う心を忘れてしまった気がする時、好きな箇所を開いて読む。私にとって、時々戻ってくる大切な場所のような本である。
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