休みの最後の日は多くの人がそうだろうが、一抹の寂しさであったり、酷い時は憂鬱な気分になったりするだろう。今年は有難いことに9連休だったので、当初予定していたほどに勉強はできなかったが、心身共に休むことはできた。
キャリア・カウンセリングは資料の整理だけで終わってしまい、授業で書いたノートをみると、その時学んだ理論よりも、自分自身が気がついたことの方がまざまざと思い出されてきてしまい、なかなか試験勉強準備までいきつかない。
復習のために、自分自身しらなかった、キャリア・カウンセリングの短い歴史を振り返ってみる。
私がフランス音楽講座で親しんできたフォーレ、ドビュッシーといった人達が19世紀終わりから20世紀初頭の作曲家であることと照らし合わせると、このキャリア・カウンセリングの歴史は20世紀に入ってから。産業革命、一次大戦前後に、ボストンでパーソンズという人が移民やスラム街での活動に参加しているうちに、青少年が平均6回も転職を繰り返していることを知り、場当たり的な職探しではなく職業相談の必要性を感じ「ボストン職業相談所」を開所。職業ガイダンスを体系的に実施することになったのがはじめ。彼が書き始め(54歳で亡くなった為)弟が刊行した「職業の選択」という本には、偶然のチャンスに任せるよりも、職業を選択することに積極的に従事するならば、就職活動者は自分達のキャリアに満足し、雇用者のコストも削減されるだろう、と記している。逆に言えば20世紀初頭までは、選択できる職業も、それぞれが住む階級の中で限られていたということだろう。
その後、一次大戦前後で、心理測定テスト、知能検査の発達、大戦後は米国政府は退役軍人に職業復帰プログラムを提供し、これが職業リハビリテーション・カウンセリングのはじめ。何事も需要と供給から成り立ってきている訳だ。だから社会のその時々の環境に目配りしていないと、ただ理論だけだと暗記しにくい(これは個人的言い訳)。
その後、ミネソタ大学のウイリアムソンが「生徒へのカウンセリング方法」を執筆。また、6つのステップでカウンセリングを説明・体系化した。それは指示的カウンセリングと後に呼ばれ、ロジャーズという心理臨床家による「非指示的カウンセリング」と論争を繰り返したという。現在ではロジャーズの考え方が来談者(クライアント)中心療法(カウンセラーが指示するのではなくお互いに尊重しあう関係)としてカウンセリングの転換となったとされている。
第二次世界大戦では、軍が新兵を分類するために心理テストが推進され、また、個人の可能性を最大限に引き出すために配属カウンセリングが行われ、特にこの二点で進歩したという。
その後は、1950年の朝鮮戦争による国防教育法(心理テストによる公立学校の生徒の選抜)や職業選択に関する理論の隆盛(ギンズバーグ、ロー、スーパー)、1960年台のベトナム戦争や市民権運動の活発化や哲学から影響を受けた実存主義的アプローチ(自らの可能性や存在を意識し自己主張をしていく)と、やはり戦争や時代の流れと相互干渉しながら発達していく。
まだ芽生えてから120年という人に関する新しい研究・実践分野。昔興味をもって勉強をしたいと思ったこともあった心理学にも領域的に近く、社会人として働いてきた経験や今足下の悩みにも照合してみる楽しみがありそうだ。
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