2026年1月25日日曜日

キャリアコンサルティング講座 ダイバーシティ 視覚障害者のキャリアコンサルティング

ダイバーシティという捉え方の中での一特性につき検討・議論。

キャビンアテンダー(CA)経験者がCA向け学校を起業、人材育成していたが、お子さんが視覚障害者ということで気づくこと多く、この分野のキャリアコンサルティングを始めたという講師のキャリア紹介から始まった。

先ずは障害者とは何と考えるか。からはじまり、その現状についての私達の想定とファクトの対比で自分の知識レベルやバイアスについて分析させた。日本には33万人程度の視覚障害者、そのうち0.8万人が18歳以上・労働人口は7-10万人。この数字が示すのは、高齢化、そしていろいろある障害の中で視覚障害は人数的にはマイノリティ(規模の経済を享受できない)といったこと。また、大学進学者は200人強(データ出典などはメモとれなかったが)、子供達の「将来なりたい職業」の1位は「なし」というアンケート調査がある、など。それをどう捉えるのか。

視覚障害特有の留意点もあれば、逆に「勝手な思い込み」をコンサルティングに持ち込まない、といったコンサルティング側のマインドセットについての注意点もあった。IT技術の飛躍的革新で、職務も広がっている中で、受け入れる職場側の心理的障害の方が追いついていないっといった指摘も受講生からあがり、活発な意見交換を行うことができた。私にとって身近な例としては、父は仕事人生の最後の方で聴覚障害が発症し、職場でのコミュニケーションに苦慮していた姿をみてきただけに、身につまされることが多かった。将来、何等か視覚障害の方のキャリア・コンサルティングを行う際には、自分なりに考え、情報を得て、参考にしたいと思う。


マンション近くの神社にて。体調が悪くて外に出られない母と漸く10分だけ外出してご挨拶に行った。信仰している訳でもないが、引っ越してから毎年お賽銭を添えて家族の健康を祈る。日本人的慣習か、感傷か、いづれにせよ健やかな世を願うことは誰が誰に対して祈ろうとと良いことだと思っている。

2026年1月24日土曜日

弾初め DUOポッキーズ シャミナード プリマヴェーラ

今年初めての連弾練習。

DUOポッキーズにとって初めての作曲家である。

シャミナードはフランスの女性作曲家であり、19世紀、まだ女性がキャリアとして職業をもつことが難しい時代にあって、ピアニストであり作曲家としても認められた稀有な、恵まれた境遇にあった。シャミナード家と親交のあったビゼーが果たした役割も大きかったろう。パリ音楽院への進学は許されなかったものの、早々たる家庭教師につき才能を開花させたという。サンサーンス、マスネ、フランク、ギローといった作曲家によって創設されたフランス国民音楽協会の演奏会がデビューの場であった。

プライベートは波乱に満ちていたようだ。作曲の師ゴダールから3度プロポーズを受けたが結婚はせず、6名の養子を兄から引き受けたり、家柄を重んじる父の反対で結婚できないこともあったという。女性作曲家として初めてのドヌール勲章という栄誉を受けながら、晩年は経済状況は悪化していたという。

私達が弾くプリマヴェーラ(春)は、華やかで、やさしくて、「春の盛り」の眩しいような光と、ふっと陰る一瞬を音楽で描いたらこの曲だろうと思わせる。DUOポッキーズの彼女に薄紅色のドレスを纏ってバレエで踊ってもらったらと想像するのも楽しい。舞曲に通ずるところがある。初回から息もピッタリ合って、合わせる喜びに浸った。

連弾が終われば、新年会だ!地元でタパスの美味しい店に乗り込み、牡蠣のグラタン、牛すじ肉のトマトシチュー煮込みなどなど、タパスの醍醐味であるいろいろなおつまみ、料理を楽しんだ。新年早々、英気凛凛。


名古屋出張のお土産にいただいた美濃忠の羊羹。新年を寿ぐパッケージも縁起もの。写真では見えにくいが、羊羹のそれはそれは雅に美しいこと。金箔の散った正面に、曇ったような朱色、薄抹茶色のグラデーションは芸術品。なかなか、いただく勇気がでない。もう暫く目で鑑賞させていただこう。


2026年1月18日日曜日

キャリアコンサルティング講座 ダイバーシティ テレワーク活用の雇用促進

 今日はパソナ主催のキャリコン資格認定講座にWEB参加。4月から仕事と家族との時間や家事に加え大学院の勉強が加わり両立させられるかが非常に心配なため、3月迄にキャリコン資格更新学習については2年分前倒しで集中受講するチャレンジングな計画をたてている。週末のうち土曜日フルで勉学に時間を割くのはやはり結構負担である・・・。隙間時間で少しずつ進められたeラーニング+各章でのテストですっかり学生時代に戻った気分になった「知識講座」も年初からかかって漸く昨日完了したので、少し気が楽になった。

本講座は結構受講生に事前調査・発表をさせるポーションが多く、違う視点の発表が多く刺激的だった。学びとしては、職業準備性のピラミッドに関わり、通常業務に比較して特にテレワークの場合、適用者選考の必要ポイントとして挙げられていた点だ;不安感情コントロール、計画性、自己発信力、自己管理、オンライン基本スキル/新しい働き方、自宅就労環境含む同居人の理解。今後テレワークの方向性を組織内で議論する際に一つ検討に値する項目を体系的に考えられ、実践的な情報も得られ参加意義あった。

少し季節が過ぎたが、ベランダで柿を干している。年末に買っていながら、年始から家族の体調が悪く食べずにいたが、傷みかかってきたので全部むいてお日様にあてている。栄養を身体いっぱいにとりこみたい。

2026年1月12日月曜日

一歩 踏み出そう

今年の大きな一歩は4月から働きながら大学院に通おうとしていること。

今迄二度トライして、業務負荷が高く、続けられなかった。いま、また挑戦して、上手くいくだろうか。心配だが、想定外に退職時期が5年後ろ倒しになったこと、母がやりたいと思った時に挑戦してみなさいと言ってくれたこと。家族の健康状態、自分の職場環境を含め、いろいろ迷うこと4-5年だったが、とりあえず結果は別としてやってみることにした。


昨年北欧で買ったマグネットの飾り。幾つかあるアニマルの中で、知恵の梟を母が選んだ。ドアにはって、片足を折り曲げて一歩前に歩くよう形作ってくれた。我が家は、一歩、踏み出そう、が今年のモットー。

2026年1月10日土曜日

仕事始め

月曜からアクティブ。

それは良いが、新年挨拶、新年会が続き、まだ一週間なのにグロッキー。母も咽頭炎にかかったのは私が移したのか・・・。

移動時、仕事場でもマスクをかけ、流石に客先挨拶と会食のみはずすというストイックな生活。出社、外出時はかならず嗽と手洗い。かなり厳しく律してやっているのだが・・・。一番怖いのは母、家族に移して健康を悪化させてしまうこと。仕事上、減らすことはできず、考えられる予防措置は全てやっている中で、どうしたら良いのか。仕事しない訳にもいかないし。

師走にフリルレタス4種をスーパーで買ってきていただいた。根元に緑が残っていたので母がベランダで水を遣っていると、なんとまた伸び始めた!生命力のなんと強いことか。私達もへこんでいてはいけない。植物に見習わなければ。


2026年1月4日日曜日

冬休みの終わり

休みが終わるのはいつでも悲しい。

が、今回は良く働き、よく休めた(年始から自画自賛)。明日からはまたお仕事だ。

きりりと冷えた正月の寒気の中、艶やかに咲き誇る椿。

2026年1月3日土曜日

ガルシア・ガルシア

元旦は彼の特集の再放送を観た。

旧年の疲れが出たのか、気が緩んだのか、この二日、なにやら身体が動かず。やろうと思っていたことに手がでなかったが、そのかわりこんな素晴らしい番組に出会うことができた。

https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2025145610SA000/

ガルシア・ガルシア 日本を行く

写真は「SPICE」のHPから借用

2021年度ショパンコンクール3位のピアニスト、マルティン・ガルシア・ガルシア。北海道に降り立ち「街角ピアノ」にふらりと立ち寄るところから始まる。この人は街角ピアノにまっすぐ向かうことなく、他の人達が弾くのを座って一緒に聴く。たまらなく弾きにいったり、またベンチに戻ったり。ピアニストが聴衆になる?ピアニストに限らず、他の人の演奏をどれだけ聴くことができる音楽家がいるか。音楽家に限らず、たとえばビジネスでも他のビジネスマンが言うことを無心にベンチで聴くことが出来る人がいるか。答えは「希少」だと思っている。その希少な人達は本当にピアノを、音楽を、ビジネスを、大切に思っている人達だ。そういう姿が冒頭から映っている。ショパンコンクール3位の人、のドキュメンタリーではなく、音楽を愛する人の姿を追う番組として惹きこまれていった。

北海道での街角ピアノでモシュコフスキの連弾を初見で、京都の地蔵院で角隼人さんと寺ピアノの場を静かに堪能したりしたのも印象的だった。

最後に一昨年地震があった際に日本にいたという、能登半島地震に触れ、能登をお訪れ人と触れ合う部分があった。公民館で弾かれた石川さゆりの「能登半島」、美空ひばりの「川の流れのように」。普段演歌を聴いたことがないながら、歌詞がテロップで流れ、ガルシア氏の抑制がぎりぎり効いたものの心の本当にこもった演奏は、能登の方々ならずとも、視聴者も涙が自然に流れるのを抑えられなかった。

世の中には美しい調べにお金の匂いや、PRの香り、百歩譲っても自意識の片鱗が覗くことも多々あり、音楽の素晴らしさと世俗の力を、あきらめと共に受け容れ、自分の中では分別しようとする訳だが、少なくともまだ今の彼からはそういう匂いがせず。本当に心から番組を楽しんで聴くことができた。世の中を、この人の音楽ならば、繋げることができるのではないかと、普段は辛口の自分すら共感した。